仕事を辞めて日本一周した本当の理由とゴール後のエピソード

皆さんお久しぶりでございます。自転車日本一周チャリダー改め、2017/10/26より社会復帰いたしました!何をしているかと言えば、会社勤めです。サラリーマンですね。本当に久しぶりです。「会社へ行く」というごく当たり前の行為が、じつにフレッシュに感じられる今日この頃。

・・・約2年間に渡る「旅人」を経て、再びサラリーマンとなったわけです!!

これまでに、日々の記録を通じて「自転車日本一周」について存分に紹介してきましたが、実のところ、「なぜ、サラリーマンを辞めてまで日本一周したのか」については、ほとんど紹介してきませんでした。

人生には様々な流れやタイミングがあります。突然「日本一周しよう!」と閃いたわけでも、旅に憧れていた訳でもない私が、なぜ急に日本一周へ飛び立ったのか、今日はそんな日本一周出発前のエピソードと、再就職したゴール後について語ってみたいと思います(๑´ڡ`๑)

(注)長文です。所要時間10分。

2年間に渡る旅人生活から社会復帰までの概要

まずは、私の略歴を簡単にご紹介したいと思います。紆余曲折な人生となりましたが、だからこそ、今の私があると信じています。

  • 【高校~大学~大学院】:ごく普通の人生(専門は医学薬学、薬学修士)。
  • 【サラリーマン時代】:反骨精神が強いだけ、ごく普通のサラリーマン。
  • 【退職】:約4年間のサラリーマン生活の後、製薬会社を退職。
  • 【退職後~旅の準備】:約5カ月かけて退職後の手続きや日本一周の準備。
  • 【自転車日本一周】:2016年4月5日~2016年12月17日:旅の前半戦
  • 【雪山登山】:2017年1月~2017年2月:人生初の雪山登山に挑戦(計8回)
  • 【自転車日本一周】:2017年3月14日~2017年7月19日:日本一周達成!
  • 【その後】2017年7月~2017年10月:夏山登山に傾倒、ブログ新設
  • 【社会復帰】2017年10月26日:今の会社に入社

これまでの人生を振り返ると、ごく普通の生活が翻って奇天烈なものになり、しかしそれからは充実した日々の連続。きっかけは前職である製薬会社を辞めたこと。”ただ、それだけのこと…”  でも、その一歩がこれ程まで大きな変化を生み出しました。

とまあ、こんな具合に変わった人生を送って来たわけですね(๑´ڡ`๑)

だからこそ、こんな経験を語れる今があります。せっかくの経験です。一つの人生談として、自転車日本一周に至るまでの私のリアルな心情や葛藤、旅を決断するまでの経緯などを書いてみたいと思います。割と赤裸々に綴っているのは、リアリティがないと面白くないし、実は、私が旅へ至った経緯は美談ばかりではなかったから、今後日本一周する人にはそのメッセージも伝えておきたかったらです。

色々な人が旅をしたり、旅に出たいと考えると思いますが、悩んでいたり、今の自分に苦しんでいたりする人の、ちょっとでもお役に立てればいいなと、そんな気持ちで書いています。

「これでいいのだろうか?」という、サラリーマンの自問自答

前職時代、私のサラリーマン生活(特にプライベート)は本当に恵まれていました。環境、人、生活、すべてが充実して、贅沢を言わなければ特に不自由ない生活が続いていただろうと思う程に。

その一方、サラリーマンの年度が進むにつれて自問自答が増える日々。

「これでいいのだろうか?」

プライベートが充実する一方で、サラリーマンとしては不満を抱くことが多くなり、3~4年目には転職を考える程になりました。サラリーや福利厚生、職種や同僚、恵まれた環境にいるのは間違いない。でも、肝心の仕事面は「やりたいことがやれていない」と不満ばかりが募る日々。環境は悪くないんだから自分の責任だろう、いや、自分で変えられるにも限界がある・・・と、何がどういけないのか、どうしたらいいのか悶々とする毎日。それでも時間は流れていきます。

何かを変えたい。そんな漠然とした思いがありました。そこで、自分の視野を広げるために、新しい趣味でも作ってみようと思い立ちます。大きな会社でサラリーマンをしていると、自分の仕事をそんなにすぐ変えられるわけじゃないですからね。

この時、私の趣味と言えば友達と飲むこと遊ぶこと、仕事帰りのボクシング位であまり遠出する事がありませんでした。そんな折、部屋を見渡せば一度しか使っていない一眼レフ「Canon KissX7」が転がっているじゃないですか。

アフリカ旅行で使ってからまるで出番がなかった一眼レフ。使わないともったいない!

ナミビアのムーンランドスケープ

写真を撮るのは好きな気がしました。何を隠そう、初めて一眼レフで撮った被写体は、ナミビアのナミブ砂漠やジンバブエのビクトリアフォールズ、ボツワナの動物たちと、シャッター切るだけで最高に楽しかった記憶しかないのです。

ナミビアのデスフレイ

せっかく東京のど真ん中に住んでいるんだし、もっと東京について知ってみよう。色々と出かけて写真を撮ろう。決定、カメラを趣味にしよう!

写真の楽しさに開眼、ブログ開設

私は一人旅おろか、これまでの人生は大変な出不精で、他県に行ったことはほとんどなく、友達と近場で遊ぶか一人でヒッキーしているのが大好きな人間でした。一人旅とかありえへん。そんな感じなアラサー男子。

なので、外の世界で写真を撮ると言っても、一眼片手に東京近郊のイベントや撮影スポットへ足を運ぶ感じでした。それは「高幡不動尊のアジサイ」「清里のひまわり」「東京おもちゃショー」「みたままつり」「不忍池」など、今思えば何とも可愛いらしいラインナップ。

東京「昭和記念公園のコスモス」

でも、これが楽しかったんです。知らない世界を知る喜び、一眼レフで写真を撮る楽しさに惹かれました。もっとたくさんの場所に行きたい衝動に駆られます。しかし、サラリーマンやってると、なかなか難しいですよね。遠出するのって。世間で写真が趣味の人はよく土日だけであんなに遠出するなと感心していました。

写真が趣味になると、他の人がどんな所でどんな写真を撮っているのか、ブログを参考にするようになります。写真が趣味のブログなんてゴロゴロ転がっていますからね。そして何を隠そう、私のブログ「Japan Nomad」はこの時期に、皆さんのブログに感化されて開設したものなんです。

日本一周のために作ったブログではなかったんですね。この時は日本一周するなんて全く考えていませんでした。さらに言ってしまうと、ブログタイトルが「Japan Nomad」と英語なのは、当時、英語ブログだったからです。要は、外国人へ日本の名所や文化を紹介するブログにしようと思っていたんです。

当時は外国人向けに英語で書いていた。実はこの発想自体はまだ諦めていません。

しかし、無名のブロガーが英語のブログを作ってもアクセスが集まるわけがなく、結局は英語と日本語の記事が混在する謎のブログとなってしまい、現在英語の記事は全て非公開にしています。まさか、その後日本一周のブログになろうとは、夢にも思わず・・・。

自分は贅沢病の患者だ

会社を越えた友達とスノボによく行っていた(今見ると後にある山が気になって仕方がない)

プライベートがますます充実する一方、サラリーマン生活の不満は解消されず終い。仕事がつまらない。会社に行きたくない。毎日がサザエさん症候群。アフターファイブと休日だけが楽しみな日々。

営業職のように、自分の頑張りで結果が劇的に変わる仕事でもなかったので、余計に悩みました。「この会社に私が居ても居なくても変わらんだろう」そんな思いが湧いてきます。

でも、仕事を充実させられないのは、自分のせいだろう。会社や仕事に文句を言えるほどの能力や才能があるわけでもない、不満を持つ一方で、そんな風に自覚もしていました。「やりたいことがやれてないという理由から、3年程度で会社を辞めてしまう若者」が多いらしいですが、私もそんな一人だったのかもしれません。

「サラリーマン以外に何かできないかなぁ…」って漠然と考えたりしました。会社員であることが原因ではないと分かりつつも、会社員であることに不満を転嫁していました。サラリーマン以外の道を真剣に考えます。

でも、何も思い浮かばない。

起業するほど人生を捧げてやりたいことがあるわけでもない、自営業を始めてみたいわけでもない、何も思い浮かばない。「不満ばかり募って、俺は一体なんなんだろう?何がしたいんだろう?」もう自分自身でも意味がわからない、そんな感情。

何かしたいけど、何も思い浮かばない。環境を変えたいけど、恵まれた環境から離れたくない。贅沢病ですね。当時から分かっていた事です。私は明らかに贅沢病の患者でした。

恵まれた環境にあぐらをかいて、自分の能力や才能の無さを、不甲斐なさの矛先を会社やサラリーマンに転嫁しているなと、いつしかハッキリと気づいちゃったんです。

「与えられる生活」を捨てて「挑戦」してみたい

今のままだと、一生「グダグダ不満を垂れるつまらない人間」で終わる気がしました。いや、実際終わっていたでしょう。この時の私はそんな程度の人間だったように思います。

私が勤めていたのは大きな会社でした。日本人で知らない人はいないでしょう。それ故に参加しているプロジェクトも規模が大きいのですが、その一方で自分に与えられている責任感や裁量権はごく小さなものでした。社歴も浅いし当たり前と言えば当たり前なんですが。でも、当時はそれが嫌で、つまらなくて、もっと主体的に動きたい、働きたい、それが不満の主たるものだったのかもしれません。

恵まれた環境、与えられる生活、これを一度捨てないと、その意味や有り難さに気づけない。とにかく、今の環境を一度変えてみよう、リセットしてみよう。そこまでは決意しました。

でも、同業他社の転職で何かが変わるだろうか?一時的な気分転換で終わってしまうのではないだろうか?また同じ問答を繰り返してしまうのではないか?

それならいっそ、サラリーマンを、辞めてみよう。

サラリーマンしか経験していないから、その意味やありがたさに気づけない。ならば、サラリーマン以外を経験してみた方が良い。裁量権の小ささに嘆くのであれば、すべてを自分で決める時間を持ったらいい。会社勤めが嫌ならば、どこの組織にも属さない時間を人生の中で設けてみよう。

これが私の結論でした。そして、日本一周を始める根元的な理由となったのです。

さあ、では実際何をどうする??会社を辞めてまで、何がしたいんだ??

組織に属さないで、できること。莫大な時間を使ってやれることって何だろう??

自分が楽しいと思えていること、最近はカメラ楽しいよな。神奈川、東京以外って、どんな景色なんだろうか。って言うか、自分が知っている世界って狭すぎる。他の会社を検討するに他県を見ても、まず他県の事がまるでわからない。47都道府県の位置関係すらわからない。会社勤めをした今なら、どんな風に見えるんだろか。

そもそも本当に会社を辞めるのか?辞めた後、大丈夫か?

一生に一度、働かない期間があったとしたら、もうやり直せないのか?死ぬのか?

いや、死なないし、何とかなるだろう、きっと。

九州とか行ったことないし、行ってみたい。知らない場所を巡ってみたい、日本にどんな景色があるのか思い切り見てみたい。会社辞めて長期旅行でもするか?いや、旅行するならいっそ、旅でもしてみようか??

サラリーマン以外で、会社に属さない期間も経験できて、好きなカメラをとことんやれて、日本の景色を知る事ができる。「旅」は打ってつけじゃないのか。これまでの人生観を変えてくれそうな気がする。

もし旅をするならば、今しかできないスケールがいい。

 

日本一周、だな。

 

日本一周についてリサーチ開始

私の心の中に「日本一周」の四文字が浮かぶと、パズルのピースがそろった気がしました。フッと気が楽になりました。やりたいことが決まったからです。頭のモヤは吹き飛び、心が軽くなりました。気が躍り、逸り、昂りました。

「でも、俺が日本一周なんてできるのか?」

不安ながらも、ネットで日本一周について調べると出るわ出るわ。「皆どんだけ日本一周してんの(笑)」いくつかのブログを漁るように読み、基本的な知識を身に着けます。

最初に抱いた感想は「とにかく皆、楽しそう」というもの。

日本一周するなら足はどうしよう?車かバイクか、徒歩か自転車か。方法は様々ですが、迷うことなく自転車に決めました。理由はシンプルです。

「自転車日本一周のブログが、格段に、圧倒的に面白かったから」です。

車やバイクの日本一周は移動の過程がごっそりブログから抜けており、なんだか観光と大差ないように感じてしまいました。それに、会社を辞めてまで挑戦することにしては、必要な時間が短すぎます(バイクの免許ないしね)。

翻って、自転車日本一周。ブログを読めば毎日がエキサイティング、信じられないようなイベントが起き、人との出会いに恵まれ、絶景が溢れ、皆さん、出発時とゴール時では別人のように黒くなり、逞しくなり、私の眼にはとても楽しそうに映ったんです。

この時点では、まだ会社を辞めたわけではないものの、心はすっかり日本一周に奪われ、一刻も早く準備に取り掛かりたいと、そう思うようになりました。

〇〇製薬を退職

「私の人生だから何をしようが勝手でしょ?」…そうじゃないですよね。仕事の引継ぎもある。皆には心配をかける。そしてなにより、親へ報告。大学院まで出て、自転車で日本一周するから〇〇製薬を辞めると聞いた親はどう思うのでしょうか?日本一周経験者が親なら別ですが、一般的には、隕石落下レベルのインパクトがあるのではないでしょうか。

「自分の人生だから、後悔のないように生きたらいい。挑戦したいなら、してみたらいい。」

そう言ってくれた親へは、本当に感謝しています。

もちろん、死ぬほど驚いてはいましたが。

親への報告が済んだ後、退職の手続きを進めます。上司へ報告して、引継ぎの作業を始めます。私の仕事は関係者が社外にも大勢いるため、それなりに時間がかかります。引継ぎをしながら、大きな決断をしたことが怖くなる時もありました。退職届を書いている時は、期待と不安が入り混じる不思議な気持ちでした。

でも、やはり楽しかった。これからの生活を想うと、胸が躍りました。だって、日本一周するんですよ?すごいじゃないですか。そんな人生、マジかよって、心配よりも期待が上回っていましたね。

日本一周の準備とスポンサー獲得

2015年12月、私のサラリーマン時代が幕を閉じました。部署に対して日本一周すると伝えると「清宮君らしい、笑」と皆さん温かったです。ちなみに、退職する理由が日本一周だと、相当驚かれますよ。そんな奴いないもんね。普通。

 

・・・さあ、晴れて、無職です(白目)。

 

無職。まさか、我が人生に「無職」の二文字が冠される日がこようとは、夢のまた夢にも思いませんでした。しかし、こうして、人生の舵取りは120%自己責任となりました。責任感や裁量権なんてレベルの話じゃありません。これから先は、白になるも黒になるも自分次第。

人生を賭けて、日本一周することにしたんですから。

「本当に日本一周できるのか?」ではなく、「達成以外ありえない」わけです。

以後、私が日本一周を始めてからというもの、嫌になったり辛い時は「達成以外ありえない」と自分に言い聞かせていました。

決断したのは自分です。達成以外何があると言うのでしょう。達成できない位なら死んだ方がマシ。それくらいの気持ちでした。

さあさあ、日本一周の準備に取りかかります。ブログ、装備類、ルート、観光地。私は”自転車”日本一周を決めるキッカケにもなった「ブログ」に強い興味がありました。だからこそ、ドメインに「kenta-kiyomiya.com」と本名を入れて運営しているんです。要は、名前を出して、自分を売り出して旅をする覚悟を決めたということです。

日本一周するからには、私も先達のように「他の人が読んで楽しいブログ」を作りたい。

日本一周ブログにおける準備編の重要さは知っていました。ここで人を惹きつけられるかどうかは、かなり重要です。また、ブログの体裁が読みにくいのもいけません。ブログについて結構勉強して、独自ドメイン、ワードプレスで始めました。収益性の観点からも無料ブログは鼻から考えていませんでした。そんな訳で出発前からブログ活動に勤しんでいたわけです。そのおかげか、自転車日本一周の出発日から、ブログ村のランキングは1位を獲得。皆さんの応援は、本当に、本当に励みとなりました。

outポイントが初めて10000を越えた時

初日から数えて、北海道で縦走登山をするまでは1位を譲った記憶がありません。多い時はoutポイントが13000程度ありました。自慢であり、やりがいであり、旅の励みでした。ブログ村は他のチャリダーの状況を知り、励みとすることができました。「みんな頑張っているんだから自分も・・・」と。

ブログの体裁も整い、ある程度の記事がプールした後、次なる目標へと進みます。

それは、自転車日本一周スポンサーの獲得です。

スポンサーを付けて日本一周している人の存在を知り、私も是非挑戦してみようと決意。だって、すごいじゃないですか。個人で行う日本一周に企業がスポンサーしてくれるなんて、本当にすごいことです。私はついこの間までサラリーマンだったわけで、企業が有名人でもない個人チャリダーへ投資することの難しさを知っていました。だからこそ、余計に挑戦したくなったんです。

企画書を作り、アウトドア系のメーカーへ送りました。半分くらいはシカトされ、一部は返信があるも条件が微妙(半額提供など)。そんな中、色よい返事を下さったのが株式会社エバニュー様でした。実際に担当者の方とお会いして、応援して下さることが決定。当時、面談したのは課長と部長。今振り返ってもすごい事です。

製薬会社の時代、一個人で他社の課長や部長へ売り込みに行くことなんてありませんでしたから、なんだか感動すら覚えました。しかも、私が思っている以上のご支援が決まり、出だし好調です。お金が浮くとかそんな話ではなく、スポンサー様を獲得できたことが、本当に嬉しかった。

ゴール前日、エバニュー本社前にて(ゲリラ豪雨に打たれたのは秘密)

ほぼ同時期に、株式会社ラウダへもスポンサー依頼。こちらも快諾してくださり、自転車アクセサリーをご提供いただきました。当時お話を聞いてくださった方は、現在では社長となっているのにも驚きです。

出発前の壮行会に始まり、ゴール後はお疲れ会まで開いてくださいました。

ゴール直後、自宅前にて

そんなこともあって、関係はより深いものへと発展します。

元サラリーマンが、自転車日本一周の旅へ

白いし緊張してるし何かキモい笑 この時はまだフロントバッグなしでした。

元々自転車乗りだったわけではありません。一人旅をしたこともありません。そんな男が、フルサイズの一眼レフと大量のレンズ、それに大量の装備をもって日本一周の旅へ出発します。苦労、苦労の連続。出発してすぐ自転車を転倒し、初日からフェリーで海を渡って千葉県へ。鋸山を観光して、道の駅「ふれあいパークきみつ」にて初の野宿。

レンズが壊れて一時帰宅したり、北海道でパソコンを盗まれては奇跡的に戻って来たり、想定以上に登山にハマって山に登りまくったり、初対面の方が家に泊めてくれたり、ホテルを手配してくださっていたり、写真の路上販売をしてみたり、屋久島で沈没しそうになったり、ウミガメの産卵を目撃したり。それこそ、292日間で経験したことは、これまでの人生を全て足しても敵うかどうか、いや、敵わないくらいに充実したものでした。

人生観が変わりました。それはまるで、新しく生まれ変わったかのような気持ちです

自転車日本一周のゴールと登山

時は流れて2017年7月19日。想像を遥かに超えた経験と達成感を胸に、神奈川県の自宅へ帰還。黒いし髪が長い。やはり旅は良い。ちょっとくらい汚くてワイルドなくらいがちょうどいい。きれいで清潔な毎日なんて、旅が終わったらいくらでも過ごせるんですから(๑´ڡ`๑)

1週間程度の休養を経て、私は山へ出かけます。そう、この2年間で最も変わったのは、私が山を愛してしまったことでした。男体山をヘトヘトになりながら登っていた超が付く登山素人は、いつしか一人で屋久島を横断したり雪山を登ったり、日本中の山を歩きまくる登山家へと変貌していました。

登山、写真、いずれも日本一周出発当時とは比較にならん程に成長。

登山したり、日本一周を振り返ってはブログを書いたり、日本一周の後は自由気ままに過ごす日々。余りある時間を活用してサーバーを移転したり、新ブログを立ち上げたりもしました。これらの作業はサラリーマンと同時並行するのは非常に大変で、先を見据えた行動は、功を奏したといえるでしょう。

日本一周をゴールしてから2カ月経つ頃には、「そろそろ次の仕事を決めないと」そんな気持ちが強くなってきます。何しろ、私は2015年12月に仕事を辞めてからというもの、微々たる収入はあったものの、給料をもらう生活をしていません。2年間無職で、よくお金が続いたと褒めてやりたい位です。

次なる人生の選択肢

自転車日本一周を終えて、私が次にどうするか、考えられる選択肢はいくつかありました。

  1. 製薬会社、製薬業界へと戻る。
  2. 製薬以外の他業種へ就職する。
  3. 地域おこし協力隊などを活用して地方で働く。
  4. 山小屋で半年バイトとして半年遊ぶ生活を送る。
  5. フリーランスやブロガーなど、会社勤め以外の道を模索する。
  6. お金を貯めて世界一周する。

いずれにせよ、正解/不正解はありません。

私の人生です、一度会社を辞めて大いに経験を積んだ今、次にどうするかは自分自身で決めなければなりません。一番簡単なのは(1)の製薬業界へ戻ることです。会社のグレードは落ちる可能性がありますが、求職状況を見るに、なんにしてもポストが皆無という状況ではなさそうです。

(3)~(6)はかなりチャレンジングで、年齢や結婚願望(あり)などを考えると、あまり乗り気ではありませんでした。もし5歳若ければ、世界一周してもいいかなと思っていましたが、さすがに今から再びお金を貯めて世界一周する気はありません。山小屋の生活も憧れましたが、山小屋で働くとその期間は山に登れないので、どうなのかという気がします。それに、このタイミングで定職に就かないのであれば、それ相応の覚悟が必要でした。

また、フリーランスやブロガーも現実的ではありません。それは、日本一周が終わってから3カ月程度、仕事も旅もない生活をして感じた「退屈」が理由です。サラリーマンをしていると、誰にも干渉されない1人の仕事へ憧れますが、やはり、この先の長い人生を考えると、1人で作業をするブロガー/フリーランスは、私には退屈に感じられました。仕事を通じて得られる、他人との相互作用は、人生を豊かにするうえで重要だと思ったんです。

地域おこし協力隊などを通じて他県で仕事をするのも、家族や何やらのことがあって、今すぐ地方へ行くのは憚られました。本当は長野県に住みたい願望があるのですが、それは今すぐでなくとも良いはずです。

そうすると、やはりサラリーマンに戻るのが、私にとって最良の手であるように思えました。旅をしてサラリーマンに対する想いがどう変わったのか、ここで書くと長くなりすぎるので割愛しますが、自分が所属できる場所があり、定期収入があり、社会/会社を通じて学ぶことができるのは、とてもありがたい事だと、旅を通じて学んだからです

前職時代に感じていた不満は、自分の未熟さによるところも大きかった、そう思えたのも収穫の一つです。次は、これまでの経験を活かして成長していこう。そう思うと、サラリーマンへ戻ることに抵抗はありませんでしたね。

ご縁が生んだサラリーマン復帰

かくかくしかじかのご縁があり、私はサラリーマン復帰を果たしました。

どこの会社で働いているかはあえて言いませんが、自転車日本一周を通じたご縁あっての会社です。驚いています。私自身もです。まさか、自転車日本一周が多くの経験をもたらしてくれただけでなく、その先の再就職先まで斡旋してくれるとは、夢にも思ってもいませんでしたから

つまり、就職活動などはしていないということです。

もちろん、働ければどこの会社でもいいと思っていた訳ではありません。仕事内容、その他の条件を含め、私にとって非常に魅力的だった事は言うに及ばず。

今の会社で働くことが決まったのは、就職活動を始めようというタイミングでの出来事でした。

私はかねてより仕事で英語を使いたいと思っていましたが、今は、ばりばり英語を使っています。

また、前職時代に不満だった裁量権等について言えば、むしろ今は裁量権や責任感の大きさにビビっている程です。本当に不思議な話です。日本一周は、私の人生を良い方向に導いてくれたとしか思えません。もしそうだとしたら、前職時代に悩み、その結果、一歩踏み出して行動を新たにした結果であろうと、思わざるをえません。

日本中の神様にお参りしたのが良かったのでしょうかね?(๑´ڡ`๑)

私からのメッセージ

〇〇製薬を辞めて、自転車日本一周をする。これは、社会一般的には「脱線」だと思われてしまうかもしれませんね。特に、私は完全にポジティブな理由で会社を辞めたわけではありませんでした。だからこそ、自転車日本一周を通じて成長してやる、経験してやる、次に繋げてやる、達成以外ありえないんだ、そういう気持ちも強かったように思います。

自分自身の人生なのに、私はどこか満足できていない面がありました。だからこそ、会社を辞めることで、人生の手綱を一度緩めたのです。その結果、良くなるか悪くなるか、それは自分次第。前職を辞めてから今日までを振り返れば、悔いも後悔もありません。それは、自分の人生をコントロールできるようになったからです。結果として、サラリーマンへ戻りましたが、自分自身を、社会を、会社を、昔より客観的に、俯瞰できるようになりました。

自分の人生や価値観を疑ってみる事には大きな意味があると思っています。疑って、行動して、その結果得られることに、失敗なんてないはずです。私は日本一周を通じて、人生が変わりました。程度の差はあれ、挑戦することにマイナスなんてありえません。日本一周達成からその後の再就職まで、できすぎていた感はあります。天に感謝するほかないのですが、過去の自分が積み上げてきたことが連鎖したのかもしれません。そうだとすれば、やはり日々の判断が、行動が、今の自分を作っているんだろうと思うんです。

「結果論だ」と言われたら、そりゃそうですよ。日本一周後の再就職先なんて、会社を辞める時点では分かるはずもありません。未知の世界に飛び込んでいく、不安定な状況に身を置く。その先にある結果なんて、その時点では分かる道理がありません。だからこそ、自分自身で道を切り拓くしかない。その結果が良かったか悪かったのか、どうなろうと結果論です。でも、だからこそ、やれることはただ一つ、いい結果を導けるように、日々頑張るしかないんです。成長しなければ、良いキップは掴めません。

今の私があるのは、ひとえに「行動」してきた結果です。

過去に行動してきたからこその「今」がある。それだけは、間違いのない事実です。

日本一周に至るまでのエピソードとその後の話を、ご紹介させていただきました。一つの生きた人生談として「こんな奴もいるんだな」と、参考にしていただけければ幸いです(๑´ڡ`๑)

 

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comment for this post

  1. ぴぽぱ十勝

    なんだか、読んでいて泣きそうになりました。
    人生をとても丁寧に、真剣に生きているんだな~!という、印象です。
    巡り会った幸運は、その真剣さが引き寄せたものだと思います。
    このブログがずっと変わらず魅力的だったのが腑に落ちた気がします。
    次は素敵な女性と巡り会って、素敵な恋をしてね。
    応援してます。

    Reply
    • 清宮 健太 Post author

      十勝さんのようにいつも応援してくださっていた方がいてこそ、頑張れました。
      人生どこでなにがあるか分からないですよね・・・。
      まさか日本一周するとは思いませんでしたし、そのまさかが連鎖して今の会社で働いているわけですから、
      「ご縁」という言葉には、本当に強力なパワーがあるのだと感じています。
      (その勢いで、そっちも素敵なご縁を引き寄せてほしいのですが・・・笑)

      Reply
  2. takawo

     あなたの文章には人を引き付ける力があり、日本一周出発時から、そのブログを楽しみにしていました。それは今もそうです。新たなやりたいお仕事が見つかった様子で本当に良かったですね。
     小生は還暦を過ぎていますが、まだ自転車で日本一周を目論んでいる者です。学生時代に青森から鳥取の境港までは繋がっていますが、その後を定年後に細切れで繋げていこうと思っています
    。その思いをあなたのブログが後押しをしてくれています。心からお礼を申し上げます。

    Reply
    • 清宮 健太 Post author

      そこまで仰っていただけると、なんだか身に余る思いです(๑´ڡ`๑)
      青森から境港まで行くだけでもすごいなぁと思いますが、
      これから繋げて日本一周をお考えとは、なんとすごい。
      その計画を達成されることを、応援させてください。
      また、ブログを通じて少しでもパワーを送れているのであれば、ブログを書いている者としては本当に嬉しく思います。

      Reply
  3. ゴルゴ62

    清宮さん こんにちは。
    久しぶりにブログ更新されましたね。
    今回の話、サラリーマンで聞けば誰もが知っている会社で、その歯車として長い間働いてきた者として、そのジレンマ非常に判ります、うん!うん!と頷きながら、少し涙滲ませながら読ませてもらいました。
    私には出来ませんでしたが、清宮さんは良い決断されましたね。私の半分ぐらいの年齢なのに本当に憧れます。就職先薄々判りました。私が人事部長なら絶対取りますもの!!

    Reply
    • 清宮 健太 Post author

      こんにちはー(๑´ڡ`๑)
      これまでがとんでもない勢いでブログを更新していたので、ちょっと遅く感じられますが、今後は
      週に1~2記事が限界かなと思っています。働き始めると、ブログに割ける時間はこれまでの1/10以下になってしまうので(汗)
      それでも細く長く続けていきたいと思っております!
      Gさんも同じような環境で働いておられたのですね!!
      日本一周も、今となっては終わり良ければ総て良しですが、
      こればかりは、決断する段階で将来が分かるわけではないので、決断するって、本当に難しいですよね。
      会社を辞めて旅をしたら必ずしもいい結果になるとは限らない。
      でも、だからこそ、決断したからには・・・という思いが強くなるのかもしれません。
      そうおっしゃっていただけると照れてしまいますね(´▽`)

      Reply
  4. 北岡

    もうブログの更新がないのかと思っていました。更新されて嬉しく思います。
    今回のブログを読むまでは、自分に能力に見合わない社会がつまらなく感じ、自転車で日本一を周したくなったのかなと思ってました。
    読んでズッシリと重く感じました。嬉しかった蔵王山頂での缶コーヒーのアピールよりも(笑)
    清宮君に会えて本当に良かった!清宮君で練習したお陰で他のチャリダーさんや旅人に接するのが楽しくなりました(笑) 清宮君の印象がね、あまりにも好感触でしたから。清宮君の布団のたたみ方、妻がビックリしてました。
    良い人と出会えた!感謝です^^
    洗濯とかバッテリーの充電とか、今となっては気が付かないで申し訳ない気がしています><
    私が清宮君に英語を教えてとか言った娘も志望校に合格し、元気に登校してみんな元気に暮らしています^^
    自らの冬山登山、テント泊。普通の人はやりたくはないと思いますよ。
    非日常、清宮君のモチベーションだと思います。マインド!
    飲んで書いたので申し訳ないです。
    応援してます!
    ヤーマン古川君も大好きです!あつしくんも

     

    Reply
    • 清宮 健太 Post author

      こんにちは!
      ブログの更新が終わることはないと思っていただいて大丈夫ですよ!
      ただ、働きながらだとこれまでのような頻度で更新できなくなってしまうのは間違いありません。
      ぜひ気長に待っていただければ幸いです(๑´ڡ`๑)
      北岡さんのように直接かかわらせていただいた方には、この記事を読んでい炊くことで、
      特に旅への印象が変わるかもしれませんね。
      いや本当に、北川さんほど旅人にハマった方は他におりませんよ!
      でも、私も北岡さんとお会いできて、本当によかったと嬉しく思っています。
      おお!妹さんへ是非おめでとうございますとお伝えください!!
      また宮城の蔵王の麓で、お会いできるのを楽しみにしております(๑╹ڡ╹๑)p♪

      Reply
  5. まいまい

    お誕生日おめでとう!
    ブログおもしろかったー!
    そしていまの仕事の話すごく聞きたい。
    またいつか話聞かせてー!

    Reply
    • 清宮 健太 Post author

      サンキュー(๑╹ڡ╹๑)p♪
      ブログ書くと頭の整理整頓にもなるからおすすめよん。
      ほんまやな!どういう形でもいいからまた会いましょうぜい。
      俺は割といつでもだいじょうぶだから舞しだいかなー(´▽`)

      Reply
  6. masa

    お久しぶりです!帯広のmasaです。
    2年間の旅お疲れ様でした!
    再就職したんですね。
    なんだか安心しました。
    しかも!旅の間でのご縁で仕事に就いたなんて、とても素晴らしい!

    実は、僕も2018年1月から違う仕事に就きます。
    畑違いの職業ではありますが、不安よりもワクワク感の方が勝っている今ですが、
    きっと現実を見たら落ち込むんだろうなぁ~なんて思ったり(笑)

    でも、石の上にも3年と言いますよね。
    3年我慢したら、きっと思う様に仕事できると信じて頑張りたいと思います。

    お互いに頑張りましょう!

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    • 清宮 健太 Post author

      お久しぶりですー!!
      帯広はもう厳しい冬でしょうか?十勝岳やトムラウシがあって羨ましいですー。
      マサさんのお仕事は印象的だったので覚えています。〇石関係でしたよね?
      私も前職とまったく違う仕事をしていますが。新しいことを経験できるって楽しいですよね(๑╹ڡ╹๑)p♪
      今は何関係のお仕事をされてるんです??

      仕事にプライべートに、楽しんでいきたいですねー(๑´ڡ`๑)

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